「手があがったかね」コップにビールを注いでやりながら、容一がいう。

「手があがったかね」
コップにビールを注いでやりながら、容一がいう。泡が白く盛りあがった。
「同じよ。せいぜい一本よ」
保子も容一のコップに注ぐ。
「ま、お互いに元気でよかった」
ちょっとコップをあげて容一がいい、保子もコップをあげた。
「何で別れたのかね、わたしたちは」
「決まってるじゃありませんか。あなたに好きな人ができたからよ」
「好きな?」
好きという言葉が、容一には的確とは思えなかった。関係ができたからといって、直ちに好きといわれることは、甚だしい飛躍に思われた。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 十」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 母の保子は、朝起きるとすぐに掃除をはじめた。

  2. 「まあ、すてき!」 崖ぶちのあずまやにはいった香也子が叫んだ。

  3. 容一がそういったとき、幼い頃、散歩に手を引いてくれた父の手の感触が、ふっと思い出された。

  4. 「おばあちゃんは、お茶の先生でしょ」

  5. 「ね、お兄さん、わたしにもキスをして」 「えっ?」 金井は思わず口からタバコを離した。

  6. 「もしもし、お兄さん? わたしよ。香也子よ」 甘い声を香也子は出す。 「ああ、香也子さんですか。いけませんよ、章子さんのそばで電話をしたりしちゃ」