「手があがったかね」
コップにビールを注いでやりながら、容一がいう。泡が白く盛りあがった。
「同じよ。せいぜい一本よ」
保子も容一のコップに注ぐ。
「ま、お互いに元気でよかった」
ちょっとコップをあげて容一がいい、保子もコップをあげた。
「何で別れたのかね、わたしたちは」
「決まってるじゃありませんか。あなたに好きな人ができたからよ」
「好きな?」
好きという言葉が、容一には的確とは思えなかった。関係ができたからといって、直ちに好きといわれることは、甚だしい飛躍に思われた。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 十」
『果て遠き丘』小学館電子全集