「少し白髪が……」
と、保子はやさしく容一を眺めた。
挨拶をすませたおかみは、とうに席を立っている。
「お前は変わらないな。恵理子の卒業の時と。いや、ちょっと痩せたかな」
「そうかしら、体重は変わらないのよ」
(そうか、扶代がふとっているから、痩せて見えたのか)
容一は苦笑し、
「十年か、別れて。……早いもんだね」
と、別れた妻を改めて吟味するように眺めた。ある種の女にとっては、十年の月日も変化をもたらさないものだ。以前、この部屋にもこうして、二人で天ぷらを食べに来たことを、容一は思い出した。自分はこの席にすわり、保子はその席にすわっていた。女が、熱いおしぼりとビールを運んできた。保子は酒を飲まないが、ビールなら飲む。係の女は保子と初対面だ。
「きれいな奥さまですね」
いって、女は出て行った。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 十」
『果て遠き丘』小学館電子全集