容一が保子の潔癖性に手を焼いたのは事実だった。

容一が保子の潔癖性に手を焼いたのは事実だった。外から帰ると、すぐに靴下を脱がなければ、保子はチフス菌でも運んできたような騒ぎかたをした。絶えず癇性に家の中を拭き清めていた。シーツも寝巻も、ホテルのように毎日取り替えなければ、眠れない女だった。
だが、その欠点を除けば、神経の行き届いた、女らしい女だった。別れるつもりはなくて別れた未練が、十年後のいまも残っている。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 九」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. いい終わらぬうちに、ドアをノックしてはいってきたのは、香也子だった。

  2. 「おとなしいところがいいんだろう。ところで、お前もお茶でも習ったらどうだ」 容一はようやく、いいたかったことをきりだした。

  3. 「おばあちゃん。わたし、お母さんのいうことわかるわ。わたしだって香也ちゃんやお父さんが懐かしいわ」 恵理子が助け舟を出す。

  4. 香也子は再び視線を姉の恵理子に戻した。

  5. 行く手の畔に立つ数本のイタリヤポプラを見た。

  6. 「…………」  香也子は向かいの山を眺めながら何か考えているふうだった。