正式に保子と別れてからは、電話はおろか、葉書一枚きたこともない。

正式に保子と別れてからは、電話はおろか、葉書一枚きたこともない。そこに保子のかたくなさを見せつけられたようで、容一は時折淋しい思いをした。保子の異常な潔癖さに、息の詰まる思いで、容一はうかうかといまの妻扶代に手を出した。扶代は行きつけの料亭の帳場にいた子持ちの女だった。そののびのびとこだわらないふんいきに惹かれて、半年ほど二人の仲がつづいた頃、保子が気づいた。気づいた途端に、保子はアッというまに容一のもとを飛び出したのだ。
間に立ったのは、しっかり者の保子の母ツネで、容一は無理矢理別れさせられたような思いだった。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 九」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 香也子は今朝、新聞をひらき、そこに、五、六行の小さな記事を見て胸をとどろかせた。

  2. 「だからいったことじゃないか。第一だよ、わしに女ができたからって……そりゃ女をつくることは悪いよ。悪いがねえ、保子、俺だって男だからね。たまにはほかの女にも手を出すさ」

  3. 香也子は、さっきからだらだらとつづいている生さぬ仲のドラマを切った。

  4. つんとする香也子に、容一はいった。

  5. 「ねえ、今日はそんなのんきな話じゃないのよ」

  6. 扶代と章子の手を引いて、あわてて逃げ出す容一を、 「お父さん!」 と呼んだ香也子の声は、かん高かった。