正式に保子と別れてからは、電話はおろか、葉書一枚きたこともない。

正式に保子と別れてからは、電話はおろか、葉書一枚きたこともない。そこに保子のかたくなさを見せつけられたようで、容一は時折淋しい思いをした。保子の異常な潔癖さに、息の詰まる思いで、容一はうかうかといまの妻扶代に手を出した。扶代は行きつけの料亭の帳場にいた子持ちの女だった。そののびのびとこだわらないふんいきに惹かれて、半年ほど二人の仲がつづいた頃、保子が気づいた。気づいた途端に、保子はアッというまに容一のもとを飛び出したのだ。
間に立ったのは、しっかり者の保子の母ツネで、容一は無理矢理別れさせられたような思いだった。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 九」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  3. 「おいしいわ。とってもおいしいわ」 香也子がいった。テーブルの上には、牛肉とピーマンと地物の筍のいため煮、毛蟹を使ったフーヨーハイ、それに容一の好きな八宝菜、酢ブタなどがいっぱいに並べられている。

  4. 店内はひっそりとして客が二組ほどしかなかった。ま昼のせいだろう。容一、保子、恵理子の三人が、いちばん隅の席に向かい合っていた。 「いい娘になったねえ。まったくいい娘になった」

  5. 「旭山の桜は、もうすっかり散ったでしょうね」 「何をいっているんだよ。一週間も前に散ったんじゃないのかい」

  6. 凞子はおそるおそる再び頬に手をやった。絹じゅすのような、曾ての肌理細かな頬とは、似ても似つかぬ手ざわりに、凞子は唇をきっとかんだ。