正式に保子と別れてからは、電話はおろか、葉書一枚きたこともない。

正式に保子と別れてからは、電話はおろか、葉書一枚きたこともない。そこに保子のかたくなさを見せつけられたようで、容一は時折淋しい思いをした。保子の異常な潔癖さに、息の詰まる思いで、容一はうかうかといまの妻扶代に手を出した。扶代は行きつけの料亭の帳場にいた子持ちの女だった。そののびのびとこだわらないふんいきに惹かれて、半年ほど二人の仲がつづいた頃、保子が気づいた。気づいた途端に、保子はアッというまに容一のもとを飛び出したのだ。
間に立ったのは、しっかり者の保子の母ツネで、容一は無理矢理別れさせられたような思いだった。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 九」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 香也子は椅子ごと、ぐいと扶代と章子のほうを向いた。

  2. この川を隔てた向こうは

  3. じっと恵理子を見つめている香也子の姿を、ツネと保子が息を殺して眺めている。

  4. 「そうね、わたしも料理学校に行こうかな。ね、お父さん、わたし、章子さんより先にお嫁に行きたいわ」

  5. 西に行けば、道は下って三百メートルほどむこうの柏林に突きあたる。香也子は東にむかって歩いて行く。道端のチモシーが雨にぬれて光っているのが目をひく。角の家の藤がいま盛りで、小さな紫の滝のようだ。

  6. それにしても、女の命は見目形であろうか