「もうぼくに用事がなければ失礼します」
西島はきっぱりといった。
「あら、どうなさったの。怒ったの。どうしたのよ。どうして怒ったの。わたし、あなたが姉の恋人だと思ったでしょう。だから、わたしと姉が、昔どおり仲よくなれるように助けてほしいと思ったのよ」
「そうですか。あの人と君がねえ。ぼくにその力があったら、いつでも仲に立ちますよ。ただし、その日がいつになるか、保証はできませんよ」
西島広之は、やさしい語調に戻った。
「ありがとう、じゃ、バイバイ」
無邪気にいって、香也子は不意に駆け出した。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集