「西島さん、やっぱり姉のこと、好きみたいね。姉も不幸せなのよ。あなたが幸せにしてくださったら、うれしいわ」
「……好きという言葉を、そんなに手軽に使っちゃいけませんよ」
「あら、どうして」
「大事な言葉は、そう簡単に口に出しちゃいけないんですよ」
「あら困ったわ。わたしそんなこという人好きなの。いやだわ、わたし。西島さんのこと好きになるかもしれないわ」
香也子は目を妖しく光らせた。
「ぼくに聞いてほしいって、なんです?」
香也子のいまのことばにはとりあわずに、西島はいって、歩みを返した。自分の言葉をそらした西島に、香也子はいった。
「わたし、こんな人けのない山道を男の人と二人だけで歩いたのは、はじめてよ。なんだかすごくロマンチックだわ。まるで恋人と歩いてるみたい」
香也子はすみれの花を摘みながらいう。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集