「西島さん、やっぱり姉のこと、好きみたいね。姉も不幸せなのよ。あなたが幸せにしてくださったら、うれしいわ」

「西島さん、やっぱり姉のこと、好きみたいね。姉も不幸せなのよ。あなたが幸せにしてくださったら、うれしいわ」
「……好きという言葉を、そんなに手軽に使っちゃいけませんよ」
「あら、どうして」
「大事な言葉は、そう簡単に口に出しちゃいけないんですよ」
「あら困ったわ。わたしそんなこという人好きなの。いやだわ、わたし。西島さんのこと好きになるかもしれないわ」
香也子は目を妖しく光らせた。
「ぼくに聞いてほしいって、なんです?」
香也子のいまのことばにはとりあわずに、西島はいって、歩みを返した。自分の言葉をそらした西島に、香也子はいった。
「わたし、こんな人けのない山道を男の人と二人だけで歩いたのは、はじめてよ。なんだかすごくロマンチックだわ。まるで恋人と歩いてるみたい」
香也子はすみれの花を摘みながらいう。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 十二畳の居間に、母の保子はテレビを見ていた。

  2. その翌日のことだった。保子にいわれて、恵理子はゴミを焼きに外に出た。

  3. 二十畳の応接間に、いま、橋宮容一と、その妻扶代、そして娘の章子が、英語塾を経営する金井政夫と談笑している。

  4. むろん、いまの妻扶代の、善意でのびやかな性格もいい。

  5. 菊天で容一に会った時、容一は保子の指に指輪のないのを見ていった。 「買ってやろうか」

  6. 恵理子は洗面所を出ると、二階の自分の部屋にあがって行った。