「西島さん、やっぱり姉のこと、好きみたいね。姉も不幸せなのよ。あなたが幸せにしてくださったら、うれしいわ」

「西島さん、やっぱり姉のこと、好きみたいね。姉も不幸せなのよ。あなたが幸せにしてくださったら、うれしいわ」
「……好きという言葉を、そんなに手軽に使っちゃいけませんよ」
「あら、どうして」
「大事な言葉は、そう簡単に口に出しちゃいけないんですよ」
「あら困ったわ。わたしそんなこという人好きなの。いやだわ、わたし。西島さんのこと好きになるかもしれないわ」
香也子は目を妖しく光らせた。
「ぼくに聞いてほしいって、なんです?」
香也子のいまのことばにはとりあわずに、西島はいって、歩みを返した。自分の言葉をそらした西島に、香也子はいった。
「わたし、こんな人けのない山道を男の人と二人だけで歩いたのは、はじめてよ。なんだかすごくロマンチックだわ。まるで恋人と歩いてるみたい」
香也子はすみれの花を摘みながらいう。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  3. 「おいしいわ。とってもおいしいわ」 香也子がいった。テーブルの上には、牛肉とピーマンと地物の筍のいため煮、毛蟹を使ったフーヨーハイ、それに容一の好きな八宝菜、酢ブタなどがいっぱいに並べられている。

  4. 青地に白の、水玉模様のこうもり傘をさして、香也子は小雨の外に出た。庭の牡丹がアララギの陰に華やかに咲いている。

  5. 五月も十日に近い日曜の午後。

  6. 「ああ、ああ、いつきてもいい丘だなあ、ここは。こぶしほころび、桜咲きか……」