新芽のけぶる木の間越しに、旭山の裏手の山々が見える。

新芽のけぶる木の間越しに、旭山の裏手の山々が見える。
「ああ、ぼくはね。東西南北の西、列島の島、帯広の広、貧乏の乏の、ノをとった之。わかりますか」
「西島広之?」
香也子は目を輝かした。
「よく一度でわかりましたね。たいていの女性は、こういうと混乱して一度でわかってくれないんです。ところであなたの名は?」
「わたし? 橋宮香也子、香はかおり、也は一円也の也よ、変な名前」
「橋宮香也子、なかなかいい名じゃありませんか。橋宮建材と何か関係がありますか」
「あら、橋宮建材は父の会社よ。ご存じ?」
「知ってますよ。ぼくは木工団地の三K木工のデザイナーですからね」
「あら、デザイナーさんなの、西島さん。すてきねえ」
「建材屋さんとは、無縁じゃありませんよ。そうか、するとあの人は、橋宮建材のお嬢さんだったのか」
西島広之の歩みが遅くなった。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 「旭山の桜は、もうすっかり散ったでしょうね」 「何をいっているんだよ。一週間も前に散ったんじゃないのかい」

  2. 「ねえ、今日はそんなのんきな話じゃないのよ」

  3. 恵理子が柄杓を釜にいれた時、青年がいった。

  4. 「やっぱり、馬子にも衣装よ」

  5. 「まあ、きれい!」 思わず恵理子は声をあげた。

  6. 母の保子は、朝起きるとすぐに掃除をはじめた。