「あの……」追いついて口ごもった香也子に、青年はふり返った。

「あの……」
追いついて口ごもった香也子に、青年はふり返った。
「ああ」
青年は香也子が、自分の隣にいた女性であることに気づいたようだった。
「何か……」
香也子はうなずいた。
「わたし……あなたに聞いていただきたいことがあるんです」
香也子は少し涙ぐんだような声でいった。
「ぼくにですか」
青年は、ちょっと困った顔をしたが、「なんです?」と、やさしく香也子を見た。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 「香也子、お前、お姉さんに久しぶりで会ったんだろう。まず挨拶をしたらどうだ。怒るのはそのあとでもいい。なあ、恵理子」 「香也ちゃん、しばらくね」

  2. 「わたし、香也子です。よろしく」

  3. 「わたし、あまり得意なものがないんです」 「そうでもないんですのよ。人様のスーツや、オーバーを縫いますしね。お茶も、将来はおばあちゃんのあとを継げるんじゃないですか」

  4. 同じ日。橋宮容一は、庭のテーブルでコーヒーを飲みながら、

  5. 恵理子が柄杓を釜にいれた時、青年がいった。

  6. 香也子は、化粧の仕上がった顔を、さっきから鏡に近づけたり離したりして、眺めている。