じっと恵理子を見つめている香也子の姿を、ツネと保子が息を殺して眺めている。
「知っていてきたのかしら」
「そりゃそうだよお前、あの様子なら」
傍にいる弟子に悟られぬように、二人は低くささやきあう。
「お前を恋しがってきたんだろうよ」
「そうかしら」
保子は首をかしげた。恵理子を見る香也子の目がきびしすぎると、保子は思う。
「後で話しかけてもいいかしら」
さきほど香也子は、「お父さん」と叫んだ。そのあたりに、橋宮容一と妻たちがきているのではないか。
「そうだねえ……声ぐらいかけても」
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集