恵理子が柄杓を釜にいれた時、青年がいった。

恵理子が柄杓を釜にいれた時、青年がいった。
「いいおなりのお釜ですね」
恵理子が何か答えたようだった。が、香也子には、その声は低くて聞こえなかった。
「そうですか。道理で」
青年はうなずき、
「今朝新聞で、お宅の茶会があることを知りましてね」
「よくおいでくださいました」
その会話に、香也子は、二人の関係がさほど親密ではないことを知った。もし恋人同士であれば、新聞を通して茶会を知る必要はない。が、恵理子がこの青年に心惹かれていることは、顔を赤らめたことからも知れた。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 思わず立ちあがった橋宮容一は、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる香也子に、一瞬弱々しい微笑を向けた。が、香也子は、唇をキュッと閉じ、容一と恵理子を無視して、テーブルに近づいてきた。

  2. 正客への茶を点て終って、恵理子はいま、次の客への茶を点て終っていた。

  3. 金井政夫は、運動ならスキーでも、野球でも、ホッケーでもやるといった感じの、スポーツ青年に見えた。

  4. 香也子がいった。 「あら、婚約じゃないの? まだ結婚するかどうか、わからないの」

  5. 恵理子の着ふるしを、香也子はよく着せられた。

  6. 香也子が先に立ち、橋宮容一と妻の扶代、そしてその娘の章子があとにつづく。