恵理子が柄杓を釜にいれた時、青年がいった。
「いいおなりのお釜ですね」
恵理子が何か答えたようだった。が、香也子には、その声は低くて聞こえなかった。
「そうですか。道理で」
青年はうなずき、
「今朝新聞で、お宅の茶会があることを知りましてね」
「よくおいでくださいました」
その会話に、香也子は、二人の関係がさほど親密ではないことを知った。もし恋人同士であれば、新聞を通して茶会を知る必要はない。が、恵理子がこの青年に心惹かれていることは、顔を赤らめたことからも知れた。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集