「香也子よ!」 保子は母のツネにささやいた。

「香也子よ!」
保子は母のツネにささやいた。人々の注視を受けても、香也子は平然としている。
「香也子?」
「そうよ」
保子は母のツネに、体をもたせかけるようにした。
「ここを、わたしの席と知ってきたのかねえ」
「わからないわ」
保子は低く呟いた。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 「ねえ、お父さん。わたしも勤めたいわ」 「勤める?」 容一の眉間にたてじわが寄る。

  2. ふっと恵理子は時計を見た。もう十二時半だ。川向こうを見る。やはり青年はきていない。と、その時、「恵理子、お電話よ」 と呼ぶ、母の保子の声がした。

  3. クレンジングクリームをガーゼでぬぐい、化粧水をふくませた脱脂綿でごしごし拭いている時、ドアをノックする音が聞こえた。

  4. 青年はギターを膝に抱え、

  5. 「ハ、ぼくは章子さんのいいように」 と、金井は容一のほうに頭をさげた。その金井に香也子が何かいおうとした時、整がいった。

  6. そこに、妻の扶代と章子がテラスから出てきた。