扶代と章子の手を引いて、あわてて逃げ出す容一を、
「お父さん!」
と呼んだ香也子の声は、かん高かった。
野点の席を囲んで、ひそやかに言葉をかわしている人たちにとって、それは異様なほどだった。みんなの視線が香也子に注がれた。桜の木陰に控えていたツネも、保子も、腰を浮かして声の主を見た。途端に、保子の顔がさっとこわばった。ひと目で、保子はそれがわが子の香也子であることを知ったのだ。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集
扶代と章子の手を引いて、あわてて逃げ出す容一を、
「お父さん!」
と呼んだ香也子の声は、かん高かった。
野点の席を囲んで、ひそやかに言葉をかわしている人たちにとって、それは異様なほどだった。みんなの視線が香也子に注がれた。桜の木陰に控えていたツネも、保子も、腰を浮かして声の主を見た。途端に、保子の顔がさっとこわばった。ひと目で、保子はそれがわが子の香也子であることを知ったのだ。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 七」
『果て遠き丘』小学館電子全集