ジンギスカン鍋をつついている者、輪になって歌をうたっている者、桜の花の下には、何十組とも知れぬ人の群があった。

ジンギスカン鍋をつついている者、輪になって歌をうたっている者、桜の花の下には、何十組とも知れぬ人の群があった。
「桜の中のこぶしがきれいね」
ふくべらの花を手に、章子が木々を見あげた。
「桂の新芽もきれいよ」
「先月、東京で見た桜とは、だいぶちがうな。あっちの桜は白くてね。桜色が少ないんだよ」
「あら、白いの、お父さん。じゃ、こぶしみたいじゃない」
香也子はいいながら、目で何かを探していた。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 六」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 「おとなしいところがいいんだろう。ところで、お前もお茶でも習ったらどうだ」 容一はようやく、いいたかったことをきりだした。

  2. 車はいつのまにか、高砂台から観音台につづく、馬の背に似た丘の尾根を走っていた。

  3. 香也子が、本当に生みの母を慕っているかどうか、容一には疑問である。

  4. 扶代と章子の手を引いて、あわてて逃げ出す容一を、 「お父さん!」 と呼んだ香也子の声は、かん高かった。

  5. 「帰ってきて、うがいをしたの? 手は?」

  6. 「少し白髪が……」と、保子はやさしく容一を眺めた。