「大変な人ねえ」 扶代が楽しげにいった。

「大変な人ねえ」
扶代が楽しげにいった。
「これでもだいぶ帰ったんだろう。もう四時過ぎだからねえ」
容一が章子をふり返る。青いスーツを着た章子は、屈んで草原に群れ咲く白い小さなふくべらの花を摘んでいる。容一は、めだたぬ可憐なふくべらが章子のようだと思った。紫のすみれも、ふくべらにまじって咲いていた。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 六」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 思わず立ちあがった橋宮容一は、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる香也子に、一瞬弱々しい微笑を向けた。が、香也子は、唇をキュッと閉じ、容一と恵理子を無視して、テーブルに近づいてきた。

  2. 「…………」  香也子は向かいの山を眺めながら何か考えているふうだった。

  3. 子供のように勢いよく走って行く香也子のうしろ姿を、西島広之は微笑して見送った。

  4. 「お母さん、ただいま」 「あら、帰ってきたの」

  5. 車はいつのまにか、高砂台から観音台につづく、馬の背に似た丘の尾根を走っていた。

  6. と、丘の上に車が現れた。車は真っすぐに香也子のほうに下ってくる。見覚えのある金井政夫の車だ。