車は次第に旭山に近づく。

車は次第に旭山に近づく。恵理子は思うともなく、またあの青年を思っていた。名前は知らない。青年は突如として恵理子の前に現れたのだ。最初は日曜日だった。恵理子がイタリヤポプラの幹によりかかって、大雪山を見つめていたとき、誰かの視線を強く感じてふり返った。そのとき青年は、川向こうのタンポポの中に、ギターを抱いてすわっていた。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 五」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 容一に手首をぐいぐい引っぱられて、何十メートルか、斜面を降りた扶代と章子は、あっけにとられていた。

  2. 「何を考えていたんだ」

  3. ツネの眉が、けわしく上がっている。恵理子はふっと、わが祖母ながら、芝居に出てくる小意地の悪い奥女中を見る感じがして、ツネから目をそらせた。

  4. 五月も十日に近い日曜の午後。

  5. 「だからいったことじゃないか。第一だよ、わしに女ができたからって……そりゃ女をつくることは悪いよ。悪いがねえ、保子、俺だって男だからね。たまにはほかの女にも手を出すさ」

  6. 章子は再び帯のあたりに手をやった。