車は次第に旭山に近づく。

車は次第に旭山に近づく。恵理子は思うともなく、またあの青年を思っていた。名前は知らない。青年は突如として恵理子の前に現れたのだ。最初は日曜日だった。恵理子がイタリヤポプラの幹によりかかって、大雪山を見つめていたとき、誰かの視線を強く感じてふり返った。そのとき青年は、川向こうのタンポポの中に、ギターを抱いてすわっていた。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 五」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 香也子は、化粧の仕上がった顔を、さっきから鏡に近づけたり離したりして、眺めている。

  2. 店内はひっそりとして客が二組ほどしかなかった。ま昼のせいだろう。容一、保子、恵理子の三人が、いちばん隅の席に向かい合っていた。 「いい娘になったねえ。まったくいい娘になった」

  3. 「これから一服を差しあげとう存じます」

  4. じっと恵理子を見つめている香也子の姿を、ツネと保子が息を殺して眺めている。

  5. 出稽古から帰ってきたツネのきものを、保子はたたみながら、 「ねえ、お母さん」 と、顔を向けずにいう。

  6. 二人は顔を見合わせて、椅子に腰をおろした。 「これで第一関門はパスしたようだね」