「混むかねえ、この天気だと」

「混むかねえ、この天気だと」
ツネの言葉に、いままで気の進まぬ表情でシートに身を埋めていた保子が、
「いやだわ、混んでいたら。埃っぽくて」
と、眉をひそめた。恵理子が、
「大丈夫よ、お母さん。今日は木曜日ですもの。それに、もう三時になるでしょう」
と保子を見た。二人ともつけさげを着て、車の中が華やいでいる。
「また保子の病気がはじまった」
ツネは気にもとめず、さばさばといった。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 五」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 香也子は、さっきからだらだらとつづいている生さぬ仲のドラマを切った。

  2. 思わず立ちあがった橋宮容一は、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる香也子に、一瞬弱々しい微笑を向けた。が、香也子は、唇をキュッと閉じ、容一と恵理子を無視して、テーブルに近づいてきた。

  3. 「香也子よ!」 保子は母のツネにささやいた。

  4. ふだん香也子は、保子や恵理子の顔など、二度と見たくないといっている。

  5. 「そうね、香也ちゃんのいうとおりね。香也ちゃんをひとりおいて、お母さんとわたし、橋宮の家を出てしまったのですものね」 うるんだ恵理子の声が返ってきた。

  6. 容一が保子の潔癖性に手を焼いたのは事実だった。