「混むかねえ、この天気だと」

「混むかねえ、この天気だと」
ツネの言葉に、いままで気の進まぬ表情でシートに身を埋めていた保子が、
「いやだわ、混んでいたら。埃っぽくて」
と、眉をひそめた。恵理子が、
「大丈夫よ、お母さん。今日は木曜日ですもの。それに、もう三時になるでしょう」
と保子を見た。二人ともつけさげを着て、車の中が華やいでいる。
「また保子の病気がはじまった」
ツネは気にもとめず、さばさばといった。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 五」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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