助手台に乗っていた祖母のツネが、うしろの保子と恵理子をふり返っていった。
「ほうらごらん、桜がまだあんなにきれいじゃないか。よかったねえ」
ツネは、いつも助手台に乗る。景色がよく見えるからだそうだ。
「まあ、ほんとね。よかったわねえ」
恵理子は少し乗り出すようにして前方を見た。彼方の旭山が、全山桜色に盛りあがっている。
今日はツネの主催する野点の会があるのだ。この二、三日ぐんと暖かい日がつづいて、今日あたりは桜が散ってしまうのではないかと、ツネはやきもきしていたのだ。
「よかったよ、ほんとに。あんなに山があかいんだもの」
ツネは満足したように、一人でうなずいている。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 五」
『果て遠き丘』小学館電子全集