助手台に乗っていた祖母のツネが、うしろの保子と恵理子をふり返っていった。

助手台に乗っていた祖母のツネが、うしろの保子と恵理子をふり返っていった。
「ほうらごらん、桜がまだあんなにきれいじゃないか。よかったねえ」
ツネは、いつも助手台に乗る。景色がよく見えるからだそうだ。
「まあ、ほんとね。よかったわねえ」
恵理子は少し乗り出すようにして前方を見た。彼方の旭山が、全山桜色に盛りあがっている。
今日はツネの主催する野点の会があるのだ。この二、三日ぐんと暖かい日がつづいて、今日あたりは桜が散ってしまうのではないかと、ツネはやきもきしていたのだ。
「よかったよ、ほんとに。あんなに山があかいんだもの」
ツネは満足したように、一人でうなずいている。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 五」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 恵理子は器用に、スーツの裾をまつっていく。驚くほどの早さであり、驚くほどのうまさである。グリーンのこのスーツの主は、高校時代の友人だ。

  2. 「ねえ、わたしたち三人は、水入らずよね。血が通っているんですもの。章子さんや小母さんとは、ちがうわよねえ」

  3. ツネの眉が、けわしく上がっている。恵理子はふっと、わが祖母ながら、芝居に出てくる小意地の悪い奥女中を見る感じがして、ツネから目をそらせた。

  4. 香也子は椅子ごと、ぐいと扶代と章子のほうを向いた。

  5. ふだん香也子は、保子や恵理子の顔など、二度と見たくないといっている。

  6. 扶代と章子の手を引いて、あわてて逃げ出す容一を、 「お父さん!」 と呼んだ香也子の声は、かん高かった。