章子は再び帯のあたりに手をやった。

章子は再び帯のあたりに手をやった。きものを着なれない章子は、胸のあたりが苦しかった。帯に手をやる仕種がひどく初々しく見えた。その章子の気持ちを代弁するように容一がいった。
「しかし、金井君は、はきはきした子より、章子のような物静かな女のほうが、好みじゃないのかね」
さきほど初めて会ったときより、ずっと親しみ深い語調になっていた。と同時に、年かさらしいいい方にもなっていた。
「はあ……あの……章子さんは別格です」
金井も、章子から家庭の事情は聞いている。容一の実子である香也子と、扶代のつれ子である章子との、微妙なつながりを知っている。物静かなほうが好きだといえば、容一としてはあまりいい気持ちにはなれないだろう。
「別格はよかった。そういう気持ちでないと、一生の伴侶を決められるものではないからね。ま、よろしく頼むよ」

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 四」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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