香也子がいった。 「あら、婚約じゃないの? まだ結婚するかどうか、わからないの」

香也子がいった。
「あら、婚約じゃないの? まだ結婚するかどうか、わからないの」
驚いたように、香也子はいった。その声に、二人の結婚を心から望んでいるような、愛らしさがあふれていた。
香也子は、ぱっと立ちあがった。そしていった。
「金井さん、わたし、あなたみたいなお兄さんができるの、うれしいわ。だって、わたしにはお兄さんがいないんですもの。思いっきり甘えてもいい?」
「はあ」
金井はそれが癖らしく、また頭をかいた。金井は、こんな少女を手際よく扱えるほど、女にすれてはいないようだった。香也子はうれしそうに、応接間を出て行った。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 四」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 恵理子は洗面所を出ると、二階の自分の部屋にあがって行った。

  2. 「…………」  香也子は向かいの山を眺めながら何か考えているふうだった。

  3. お手伝いの絹子が、コーヒーを持ってテラスから芝生に降りてきた。

  4. 章子は再び帯のあたりに手をやった。

  5. 鳶の啼く声に、小山田整が空を見あげていった。

  6. 「ね、あなた、高砂台はあのあたりかしら」