香也子がいった。
「あら、婚約じゃないの? まだ結婚するかどうか、わからないの」
驚いたように、香也子はいった。その声に、二人の結婚を心から望んでいるような、愛らしさがあふれていた。
香也子は、ぱっと立ちあがった。そしていった。
「金井さん、わたし、あなたみたいなお兄さんができるの、うれしいわ。だって、わたしにはお兄さんがいないんですもの。思いっきり甘えてもいい?」
「はあ」
金井はそれが癖らしく、また頭をかいた。金井は、こんな少女を手際よく扱えるほど、女にすれてはいないようだった。香也子はうれしそうに、応接間を出て行った。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 四」
『果て遠き丘』小学館電子全集