「ね、お父さん。で、もう決まってしまったの」
「決まった? 何がだね」
「だって金井さんは、章子さんをいただきたいとか、何とかおっしゃったんでしょう?」
「ああ、そのことか」
容一が苦笑し、みんなも何となく笑った。
「そう、おきまりになったの、よかったわね。金井さん、章子さんって、とてもいい人よ。こんないい人って、旭川中探したっていないと思うわ」
誰が聞いても、善意にあふれたいい方だった。章子はうつむき、金井は頭をかいた。そして、容一がいった。
「こりゃ、香也子が月下氷人のようなもんじゃないか。ま、金井君、とにかくそのつもりで……結婚を前提にしての交際を、よろしくおねがいするよ」
「は、ありがとうございます」
金井は立ちあがって、深々と礼をした。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 四」
『果て遠き丘』小学館電子全集