金井はいま、思いきって橋宮容一に、章子との交際を求めたばかりなのだ。香也子がはいってきたため、容一の答えをまだ聞いていない。落ちつかぬ思いのまま、金井はこの愛らしい闖入者の相手をしなければならないのだ。金井はちょっと苦笑して、
「ぼくは、文学にはうといんです」
そう答えたほうが、香也子に対して無難なように思ったのだ。章子は帯締めに手をやりながら、香也子の横顔に、幾度も目をやった。香也子はその場に流れるちぐはぐな感じを最初から読みとっていた。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 四」
『果て遠き丘』小学館電子全集