金井はいま、思いきって橋宮容一に、章子との交際を求めたばかりなのだ。

金井はいま、思いきって橋宮容一に、章子との交際を求めたばかりなのだ。香也子がはいってきたため、容一の答えをまだ聞いていない。落ちつかぬ思いのまま、金井はこの愛らしい闖入者の相手をしなければならないのだ。金井はちょっと苦笑して、
「ぼくは、文学にはうといんです」
そう答えたほうが、香也子に対して無難なように思ったのだ。章子は帯締めに手をやりながら、香也子の横顔に、幾度も目をやった。香也子はその場に流れるちぐはぐな感じを最初から読みとっていた。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 四」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 「ねえ、わたしたち三人は、水入らずよね。血が通っているんですもの。章子さんや小母さんとは、ちがうわよねえ」

  2. 三百坪ほどの広い庭は、なだらかに傾斜しつつ、沢の端に至っている。

  3. ひとしきり雑談のつづいたあと、言葉が途絶えた。

  4. 「馬子にも衣装って、ほんとうね、お父さん」  わざと香也子は無邪気にいう。

  5. 香也子が先に立ち、橋宮容一と妻の扶代、そしてその娘の章子があとにつづく。

  6. 「おいしいわ。とってもおいしいわ」 香也子がいった。テーブルの上には、牛肉とピーマンと地物の筍のいため煮、毛蟹を使ったフーヨーハイ、それに容一の好きな八宝菜、酢ブタなどがいっぱいに並べられている。