金井はいま、思いきって橋宮容一に、章子との交際を求めたばかりなのだ。

金井はいま、思いきって橋宮容一に、章子との交際を求めたばかりなのだ。香也子がはいってきたため、容一の答えをまだ聞いていない。落ちつかぬ思いのまま、金井はこの愛らしい闖入者の相手をしなければならないのだ。金井はちょっと苦笑して、
「ぼくは、文学にはうといんです」
そう答えたほうが、香也子に対して無難なように思ったのだ。章子は帯締めに手をやりながら、香也子の横顔に、幾度も目をやった。香也子はその場に流れるちぐはぐな感じを最初から読みとっていた。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 四」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 静かに戸をあける。鈴がリンリンと澄んだ音を立てた。

  2. いい終わらぬうちに、ドアをノックしてはいってきたのは、香也子だった。

  3. 「あら、そう。まだ恋人ってわけじゃないの。そうなの」

  4. 「まあ? 恵理子姉さんって、そんなに魅力的?」

  5. その次の日も、同じ時刻、向こう岸に青年を見た。

  6. 「ねえ、お姉さん」 残ったコップの水を一息に飲んで、香也子はテーブルに片ひじをおき、身を乗り出すようにしていった。