「卓球ができれば、立派なもんですよ。わたしは自転車にも乗れない」

「卓球ができれば、立派なもんですよ。わたしは自転車にも乗れない」
容一は笑った。運動神経の鈍いことが、二人に親近感を与えたようだった。
「人は見かけによらないものですわね」
扶代はのんびりと笑い、
「ね、金井さん、橋宮は小児科医のようだって、ときどきいわれますのよ。そう見えまして?」
「なるほど、ぼくもそう思ったところです」
金井の語調は、世辞には聞こえなかった。章子はやさしく微笑した。
「医者に見えるなんて君……わたしは不器用で注射なんか打てないよ。それに、ぎゃあぎゃあ泣く赤ん坊なんて、お手あげだよ」

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 四」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 「…………」  香也子は向かいの山を眺めながら何か考えているふうだった。

  2. 二人は顔を見合わせて、椅子に腰をおろした。 「これで第一関門はパスしたようだね」

  3. 扶代と章子の手を引いて、あわてて逃げ出す容一を、 「お父さん!」 と呼んだ香也子の声は、かん高かった。

  4. 「ねえ、お父さん。わたしも勤めたいわ」 「勤める?」 容一の眉間にたてじわが寄る。

  5. 車は火山灰地の白い丘の上を走って行く。 「ねえ、金井さん。いや、今日からお兄さんと呼ぼうかしら。いい? お兄さんと呼んでも」

  6. と、丘の上に車が現れた。車は真っすぐに香也子のほうに下ってくる。見覚えのある金井政夫の車だ。