「あら、もう章子さんの彼氏、みえる頃じゃないかしら」

「あら、もう章子さんの彼氏、みえる頃じゃないかしら」
そわそわと、香也子は立ちあがり、
「整さんも行ってみない?」
と、さっさとテラスのほうに歩いて行く。
整は腕を組んで、香也子のしなやかなうしろ姿を見送った。
「誰に似たんだろう」
整は呟いた。橋宮容一、保子、恵理子、祖母のツネ、その誰にも香也子の性格は似ていないような気がした。夫の女道楽に苦労したツネは、容一に女ができたとき、保子にいった。
「亭主の浮気に我慢することはないよ。さっさと帰っておいで」
亡き夫の建てた家を売り、豊岡町にあの日本風の家を建てたツネは、七十近いとはいえ、生活力のある女だ。そのツネのどこかに香也子は似ているといえば似ている気がする。
整は立ちあがった。不意に恵理子に会いたくなったのだ。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 三」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  5. 「ねえ、わたしたち三人は、水入らずよね。血が通っているんですもの。章子さんや小母さんとは、ちがうわよねえ」

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