「おばあちゃんは、お茶の先生でしょ」
「旭川では、偉いお茶の先生だってね、あのおばあちゃん。しかし、気さくないいおばあちゃんだよ。自分の机の上に、長谷川一夫の覆面のブロマイドを飾ったりしてさ。死んだじいさんの仏壇になんか、ここ何年も手を合わせないって話だよ」
「あら、どうして?」
「じいさんの女遊びに、ひどい苦労をさせられたからだってさ。死んだって恨みは消えないんだそうだ。死んだじいさんのほうで、仏壇の中からあたしを拝めなんてさ、元気がいいよ、あのおばあちゃんは」
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 三」
『果て遠き丘』小学館電子全集