「ああ、ああ、いつきてもいい丘だなあ、ここは。こぶしほころび、桜咲きか……」
整はコーヒーカップを置き、大きく腕を伸ばした。
「整さんは、始終恵理子姉さんの家に行くの」
小山田整は、昨年東京の本社から旭川の支店に転任してきた。まだ独身の整は市内に下宿しながら、仕事の暇々に、この家に現れるのだ。整は橋宮容一の姉の子である。
「いや、そうは行けないさ。何せ、ぼくは叔父さんの甥だろう。いくら昔叔母さんにかわいがられたってさ、二人が別れてしまったんじゃあね。ぼくは、いってみれば敵方の陣営ということになるからな」
「でも、月に一度は行くんでしょ」
「うん、二度行くこともある。あそこの婆さんが傑作でね」
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 三」
『果て遠き丘』小学館電子全集