「ああ、ああ、いつきてもいい丘だなあ、ここは。こぶしほころび、桜咲きか……」

「ああ、ああ、いつきてもいい丘だなあ、ここは。こぶしほころび、桜咲きか……」
整はコーヒーカップを置き、大きく腕を伸ばした。
「整さんは、始終恵理子姉さんの家に行くの」
小山田整は、昨年東京の本社から旭川の支店に転任してきた。まだ独身の整は市内に下宿しながら、仕事の暇々に、この家に現れるのだ。整は橋宮容一の姉の子である。
「いや、そうは行けないさ。何せ、ぼくは叔父さんの甥だろう。いくら昔叔母さんにかわいがられたってさ、二人が別れてしまったんじゃあね。ぼくは、いってみれば敵方の陣営ということになるからな」
「でも、月に一度は行くんでしょ」
「うん、二度行くこともある。あそこの婆さんが傑作でね」

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 三」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 「そうね、わたしも料理学校に行こうかな。ね、お父さん、わたし、章子さんより先にお嫁に行きたいわ」

  2. この川を隔てた向こうは

  3. その時、階段に静かに足音がして恵理子が茶の間にはいってきた。 「あら、もう三時? おばあちゃんお帰りなさい」

  4. 「お母さん、お父さんが一緒に食事をしようって。行ってもいいのかしら」 「いいわよ、お母さんも一緒に行くから」 「でも、おばあちゃんに知られたら……」

  5. 「香也子よ!」 保子は母のツネにささやいた。

  6. 「お父さん、あのお点前をしている人……」