絹子が去ってから、整がいった。
「章子ちゃんの恋人だろう、くるのは? 遅れようと早くなろうと、香也ちゃんには関係ないだろう」
「整さんはのんき坊主ね。すべての男性は、わたしの恋人になり得る可能性があるのよ」
「まあ、そりゃそうだ。ただし、ぼくを除いてだろう」
「あら、わからないわ。わたしだって、整さんを好きになる可能性はあるし、整さんだって……」
「ぼくのほうは、香也ちゃんを恋人にする心配はないね」
「まあ、失礼。わたしってそんなに魅力がない?」
「大ありだよ。もっとも、君の姉さんの恵理ちゃんよりは落ちるがね」
整は健康な口にコーヒーカップを当てて、うまそうにコーヒーを飲んだ。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 三」
『果て遠き丘』小学館電子全集