お手伝いの絹子が、コーヒーを持ってテラスから芝生に降りてきた。

お手伝いの絹子が、コーヒーを持ってテラスから芝生に降りてきた。
「やあ、ありがとう。いま、台所に飲みに行こうと思ったところだよ」
車のセールスマンである小山田整は如才がない。
「お客さまはまだ?」
香也子が尋ねる。
「あのう、二十分ほど遅れるって、電話がありました」
絹子は、さっき香也子の父が飲んだコーヒーカップを盆の上にのせながらいう。
「まあ、二十分も遅れるって?」
細い眉がきゅっとあがる。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 三」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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