企画展こぼれ話4 綾子が取材した教会

今回の展示は主婦の友社から頂いた写真を多く紹介しています。初めての歴史小説で取材もどうしたらよいかわからなかった綾子に、雑誌「主婦の友」編集部は取材旅行をお膳立てしてくださいました。取材旅行には2回ともカメラマンの武井武彦氏が同行されたのです。彼の写真は連載中にも「主婦の友」に掲載され、読者により「綾子の今」を伝えていました。
武井氏はずっと同行されていたからか、綾子の思案にふける表情やユニークな表情をたくさん捉えてくださっていて、「この表情を浮かべたあと、創作ノートのこのページを書いていたのではないか」と連想してしまう写真がいくつもありました。これは私が見ているだけではもったいないと感じて、パネルに掲載することにしたのです。
パネルの最初と最後は、大阪カテドラル聖マリア大聖堂で取材した時の写真を選びました。
この教会は、物語で玉子が侍女に身をやつして行った教会ではなく、細川家の跡地に建った教会です。ちなみに玉子が一度だけ訪れた教会は、残されている史料の方角等から考えると現在の北大江公園です。
1894年、大阪・玉造の地に聖アグネス聖堂が建てられました。その聖堂は戦災によって焼失しまたが、その後、仮聖堂を経て、ザビエル来日400年記念の年に建設された聖フランシスコ・ザビエル聖堂に引き継がれ、1963年3月に、現司教座聖堂「聖マリア大聖堂」へと生まれ変わりました。その時に細川家の屋敷跡に建っていることを伝えていこうと、故堂本印象画伯によりガラシャが描かれ、大聖堂前広場の両端にはカトリック信徒の彫刻家・阿部政義氏によるガラシャの石像があり、ホームページにはこの教会の近くに越中井(細川家の台所があったとされる場所で使用していた井戸の跡)があることも掲載されています。
1972年11月4日、綾子はこの教会に入り天井を見上げました。そしてまた、取材ノートに教会内部の様子や訪れる人の様子をつぶさに記し、壁画のガラシャを見ながらその絵を描いていました。展示ケースでは、綾子が書いたノートの拡大コピーを武井氏が撮影した教会内部正面の写真と共に紹介しています。
綾子はもちろん、この教会の前後に越中井も訪ねています。
教会も越中井も大阪・森ノ宮駅から10分くらいのところにあります。私は以前、仕事でよく大阪に出張していた頃に玉子の足跡を辿るべく何度か訪ねました。今は穏やかな住宅地ですが400年前は炎に包まれたのだと思うと静かな感動があります。お近くに行かれる際はぜひお立ち寄りください。