企画展こぼれ話2 細川ガラシャって誰?

展示パネルを読んでいた知人に「玉子」をどうも「たまご」と読んでしまうと言われて思わず吹き出してしまいました。「というかそもそもガラシャって何語なの?」と聞かれてはっとしました。私は高校生の頃に『細川ガラシャ夫人』に出逢い、歴史上の人物として認識していたのですが、たしかにガラシャは織田信長や豊臣秀吉のように教科書でしっかり学ぶわけではありません。「細川ガラシャって誰?」と疑問を持つ方も多くいらっしゃるでしょう。
ガラシャは元の名前を玉子(たまこ)と言います。「ガラシャ」とは洗礼名でラテン語で「恩寵(おんちょう)」「神の恵み」を意味する「gratia(グラツィア)」が由来です。英語の「grace」、スペイン語「gracias」の語源でもあります。

玉子はどんな人生を歩んだのでしょうか。

玉子は両親の愛を一身に受けて育ち、16歳で織田信長の命で細川家に嫁ぎました。当時の当主細川藤孝と父・明智光秀は親友同士でしたから、玉子も政略結婚とはいえ幸せな結婚であったとも言えるでしょう。
ところが、結婚して数年後に光秀が本能寺の変を起こしたことで玉子の運命は大きく変わっていくのです。光秀は天下を取り細川家の援軍を期待していましたが、細川家は「信長の喪に服す」態度を示し、中立を守りました。諸国大名の多くもこれに習い、光秀は孤立します。

一方、中国地方で勢力をふるっていた毛利を攻めていたはずの豊臣秀吉がすぐに姫路へ戻ってきて、光秀はついに追われる立場となるのです。そうすると玉子はどうなるのか。細川家では「明智家に返すべき」「自害させるべき」と論争が起きますが、夫の忠興は玉子を何とか死んだことにしてかくまえないかと懇願し、玉子は味土野(みとの)へ幽閉されるのです。また光秀はほどなく敗死し、玉子は明智一族を失うのです。
その玉子をさらなる苦しみが待ち受けていました。その中で、玉子は次第に「人間にとって本当に大切なものは何か」考え始めますが……。

『細川ガラシャ夫人』をまだ読んだことのない方も、既にご存じの方にもオススメなのが文学館で毎月実施するミニシアター。三浦文学を映像と音楽で楽しんでもらおうと、4月から実施してきましたが、6月は新作目白押し!『泥流地帯』『塩狩峠』を紹介するミニシアターに加えて『細川ガラシャ夫人』が始まります。タイトルは「明智光秀の娘・玉子の願い」。第1回は6月18日(日)14:00~です。内容が気になる方は、この、30分でわかるダイジェスト版(?)を、ぜひ体感してください。

今月のミニシアターラインナップはこちら♪
6月17日(土)11:00 三浦綾子の青春時代 『道ありき』
6月17日(土)14:00 十勝岳を仰ぐ町・復興への軌跡 『泥流地帯』『続泥流地帯』
6月18日(日)11:00 和寒・塩狩峠、愛の物語 『塩狩峠』
6月18日(日)14:00 明智光秀の娘・玉子の「道ありき」 『細川ガラシャ夫人』