企画展『細川ガラシャ夫人』こぼれ話1 

主婦の友社社長の提案で綾子が執筆した『細川ガラシャ夫人』。これは雑誌「主婦の友」に1973年1月号~1975年5月まで連載されました。初めての歴史小説でなかなか手をつけられない綾子のために、雑誌「主婦の友」編集部の皆様が細川ガラシャについてはもちろんのこと、細川忠興・明智光秀・高山右近など、関わるすべての歴史上の人物やその時代背景のことなど、たくさんの資料を集めて綾子に届けました。

当時の参考資料を見ていると、書籍だけでなく、冊子やコピー資料を丁寧に綴ってくださり、厚紙の表紙に「細川ガラシャ資料」と書かれた資料が何冊もありました。執筆の段階でバラバラになっている資料もありましたが、そこに引かれた赤線を見ると綾子の執筆の過程を見ることができます。

今回の展示にあたり、40年前のことですから無理を承知で主婦の友社にご連絡したところ、当時の担当編集者渡辺節さんはお亡くなりになっていたのですが、当時編集長をされていた藤田敬治さんにインタビューさせて頂くことができました。

この藤田さんは三浦綾子がデビュー前に「林田律子」のペンネームで執筆した「太陽は再び没せず」の頃からお世話になった方でした。これは雑誌「主婦の友」の「愛の記録」という読者向けの応募企画で、綾子の原稿を最初に読んだのが藤田さんでした。結果は見事入選。これこそが自伝小説『道ありき』の前身ともいえる作品なのです。この入選したことが縁で、デビュー二作目の『ひつじが丘』は雑誌「主婦の友」に連載され、藤田さんはその頃から編集長を務めていました。作家として駆け出しの頃の綾子を支えてくださった編集部には、きっと温かな空気があったのでしょう。『細川ガラシャ夫人』の取材旅行は1972年11月と1973年4月の2回行われましたが、編集部で日程を組み、藤田さんや担当の渡辺さん、カメラマンも同行しました。

 

展示ではその藤田さんへの貴重なインタビューをはじめ、藤田さんと渡辺さんが『細川ガラシャ夫人』に寄せて書いてくださった記事(三浦綾子作品集に収録)、書簡、取材旅行の様子などもご紹介しています。

 

『細川ガラシャ夫人』を読みたい方へ

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