夏休みの自由研究にお使いください。「自由研究用まとめノート」ができました。

「自由研究用まとめノート」表紙
「自由研究用まとめノート」表紙

夏休みや冬休みの自由研究などにお使いいただける、「自由研究用まとめノート」を作りました。小学校高学年以上の方が対象です。

これ1冊で、出来上がり。調べて書き込んで、写真を貼って、綴じるだけ。調べ学習にぴったりです。夏休みは、文学館で宿題を済ませませんか?

基本タイプは、目次もページ番号もついていて、書き込んで、写真や絵を貼ればそのまま完成で、提出できます。

ページ番号なしのタイプは、組み合わせが自由にできるように、ページ番号がついていません。目次も、自由に書き込めるようになっています。

文学館においでいただければ、1時間半ほどでほとんど出来上がりますので、ぜひ選択肢にお加えください。お待ちしております。※おいでになる際にはお電話やSNSなどでお知らせくださると助かります。

また、「三浦綾子を知るワークブック」と組み合わせれば、ご自宅や教室でも調べ学習ができますので、ご活用ください。

なお、7月29日(土)に文学館で、このプリントを使った自由研究の行事を開催予定です。後日、あらためてご案内いたします。

プリントは、以下のリンクからダウンロードできます。

(PDFファイル)「自由研究用まとめノート」(基本タイプ)

(PDFファイル)「自由研究用まとめノート」(組み合わせ自由・ページ番号なし)

※片面印刷・左綴じです。ホッチキスで留める線と、中央の目印も付けてあります。

このプリントは(ワークブックを含む)、学校・教育機関・官公庁・学習塾・ご家庭での使用に限っては、複製自由です(商用および販売不可)。

(難波真実)

企画展こぼれ話3 綾子も驚いた明智光秀という人

先日、札幌から学校の宿泊学習で来てくださった生徒さんに、「玉子さんは本能寺の変のことや、どうしてこれを光秀が起こしたのか、知っていたのですか?」と聞かれました。
『細川ガラシャ夫人』の描写に基づいてお答えすると、「本能寺の変のことは細川家にもたらされた情報で知っていた」、光秀の思いについては「もたらされる情報で推測した」のだと言えるでしょう。
細川家は情報収集にとても長けており、物語には早足で知られる早田道鬼斎(はやたどうきさい)という人が登場します。彼は細川家の家臣の家人で、いち早く情報を細川家に伝えたのです。それは光秀からの知らせが来るよりも先でした。
玉子は夫・忠興からそのことを知ります。どのような思いで父の謀反を聞いたのでしょうか。また、夫のもとどりを切った姿から、彼女は細川家が光秀を応援しない立場であることも知ってしまうのです。彼女は以前にもたらされていた父の身に起こったこと(信長の光秀への仕打ち)を思い起こします。「わたしが男の子ならば、かなわぬまでもお味方をするものを」という彼女の思いは、読んでいると胸が痛くなります。
質問をしてくださった生徒さんにはこのことをかいつまんで伝えたところ、歴史が好きだという彼はその後も熱心に尋ねてくださいました。ありがとうございます!お役に立てたのであればよいのですが……。

展示をご覧になった方に「明智光秀がこんな人だったとは知らなかったなあ。読んでみるかなあ。」と言われることがあります。
綾子が資料調べをする中で「書いてみよう」という意欲が湧いてきたのが光秀のエピソードでした。綾子は終戦後に「教科書の墨塗り」という苦い体験をしたことがきっかけで、自分が学校で受けた教育に対しては疑問を持っていました。それはわずか数行で終わらされる光秀のことについても同じでした。最初に調べようと思ったのも光秀のことで、綾子はその理由を「親は多く子を語るものだから」と『細川ガラシャ夫人』の最初に記しています。この綾子の考えは初期の『塩狩峠』で、幼い主人公と父母のエピソードから細やかに描くことに始まり、多くの小説で家族に焦点を当てていることにも現れているでしょう。教師をしていた綾子だからこそ、よりそう考えるようになったのでしょうか。
展示では『細川ガラシャ夫人』参考文献の高柳光寿著『明智光秀』にたくさん引いてある赤線の一部分や、創作ノートに書き留めた「光秀語録」などもご紹介しています。これは物語の中で光秀の考えの基盤になっているもので、そう思って本を読み返すとまた違った味わいがあるのです。
また解説パネルでは、光秀の結婚、本能寺の変、幼い玉子を厳しく諭した言葉などエピソードのほんの一部をご紹介しています。展示をご覧になった後に、綾子が綴る物語で続きを味わって頂けたら幸いです。

企画展こぼれ話2 細川ガラシャって誰?

展示パネルを読んでいた知人に「玉子」をどうも「たまご」と読んでしまうと言われて思わず吹き出してしまいました。「というかそもそもガラシャって何語なの?」と聞かれてはっとしました。私は高校生の頃に『細川ガラシャ夫人』に出逢い、歴史上の人物として認識していたのですが、たしかにガラシャは織田信長や豊臣秀吉のように教科書でしっかり学ぶわけではありません。「細川ガラシャって誰?」と疑問を持つ方も多くいらっしゃるでしょう。
ガラシャは元の名前を玉子(たまこ)と言います。「ガラシャ」とは洗礼名でラテン語で「恩寵(おんちょう)」「神の恵み」を意味する「gratia(グラツィア)」が由来です。英語の「grace」、スペイン語「gracias」の語源でもあります。

玉子はどんな人生を歩んだのでしょうか。

玉子は両親の愛を一身に受けて育ち、16歳で織田信長の命で細川家に嫁ぎました。当時の当主細川藤孝と父・明智光秀は親友同士でしたから、玉子も政略結婚とはいえ幸せな結婚であったとも言えるでしょう。
ところが、結婚して数年後に光秀が本能寺の変を起こしたことで玉子の運命は大きく変わっていくのです。光秀は天下を取り細川家の援軍を期待していましたが、細川家は「信長の喪に服す」態度を示し、中立を守りました。諸国大名の多くもこれに習い、光秀は孤立します。

一方、中国地方で勢力をふるっていた毛利を攻めていたはずの豊臣秀吉がすぐに姫路へ戻ってきて、光秀はついに追われる立場となるのです。そうすると玉子はどうなるのか。細川家では「明智家に返すべき」「自害させるべき」と論争が起きますが、夫の忠興は玉子を何とか死んだことにしてかくまえないかと懇願し、玉子は味土野(みとの)へ幽閉されるのです。また光秀はほどなく敗死し、玉子は明智一族を失うのです。
その玉子をさらなる苦しみが待ち受けていました。その中で、玉子は次第に「人間にとって本当に大切なものは何か」考え始めますが……。

『細川ガラシャ夫人』をまだ読んだことのない方も、既にご存じの方にもオススメなのが文学館で毎月実施するミニシアター。三浦文学を映像と音楽で楽しんでもらおうと、4月から実施してきましたが、6月は新作目白押し!『泥流地帯』『塩狩峠』を紹介するミニシアターに加えて『細川ガラシャ夫人』が始まります。タイトルは「明智光秀の娘・玉子の願い」。第1回は6月18日(日)14:00~です。内容が気になる方は、この、30分でわかるダイジェスト版(?)を、ぜひ体感してください。

今月のミニシアターラインナップはこちら♪
6月17日(土)11:00 三浦綾子の青春時代 『道ありき』
6月17日(土)14:00 十勝岳を仰ぐ町・復興への軌跡 『泥流地帯』『続泥流地帯』
6月18日(日)11:00 和寒・塩狩峠、愛の物語 『塩狩峠』
6月18日(日)14:00 明智光秀の娘・玉子の「道ありき」 『細川ガラシャ夫人』

三浦綾子を知るワークブックA5版 基本編(青少年向け・大人向け)

b三浦綾子を知るワークブックA5版 基本編(青少年向け)
三浦綾子を知るワークブックA5版 基本編(青少年向け)
三浦綾子を知るワークブックA5版 基本編(大人向け)
三浦綾子を知るワークブックA5版 基本編(大人向け)

昨年10月に掲載しましたワークブックを、A5サイズで使えるように改版したものです。A4の紙に両面印刷し、半分に折ってお使いください。

以下のリンクからダウンロードできます。

(PDFファイル)三浦綾子を知るワークブックA5版 基本編(青少年向け)

(PDFファイル)三浦綾子を知るワークブックA5版 基本編(大人向け)

※両面印刷用に面付けしてありますので、ご注意ください。

左綴じです。ホッチキスで留める線も付けてあります。

(難波真実)

企画展『細川ガラシャ夫人』こぼれ話1 

主婦の友社社長の提案で綾子が執筆した『細川ガラシャ夫人』。これは雑誌「主婦の友」に1973年1月号~1975年5月まで連載されました。初めての歴史小説でなかなか手をつけられない綾子のために、雑誌「主婦の友」編集部の皆様が細川ガラシャについてはもちろんのこと、細川忠興・明智光秀・高山右近など、関わるすべての歴史上の人物やその時代背景のことなど、たくさんの資料を集めて綾子に届けました。

当時の参考資料を見ていると、書籍だけでなく、冊子やコピー資料を丁寧に綴ってくださり、厚紙の表紙に「細川ガラシャ資料」と書かれた資料が何冊もありました。執筆の段階でバラバラになっている資料もありましたが、そこに引かれた赤線を見ると綾子の執筆の過程を見ることができます。

今回の展示にあたり、40年前のことですから無理を承知で主婦の友社にご連絡したところ、当時の担当編集者渡辺節さんはお亡くなりになっていたのですが、当時編集長をされていた藤田敬治さんにインタビューさせて頂くことができました。

この藤田さんは三浦綾子がデビュー前に「林田律子」のペンネームで執筆した「太陽は再び没せず」の頃からお世話になった方でした。これは雑誌「主婦の友」の「愛の記録」という読者向けの応募企画で、綾子の原稿を最初に読んだのが藤田さんでした。結果は見事入選。これこそが自伝小説『道ありき』の前身ともいえる作品なのです。この入選したことが縁で、デビュー二作目の『ひつじが丘』は雑誌「主婦の友」に連載され、藤田さんはその頃から編集長を務めていました。作家として駆け出しの頃の綾子を支えてくださった編集部には、きっと温かな空気があったのでしょう。『細川ガラシャ夫人』の取材旅行は1972年11月と1973年4月の2回行われましたが、編集部で日程を組み、藤田さんや担当の渡辺さん、カメラマンも同行しました。

 

展示ではその藤田さんへの貴重なインタビューをはじめ、藤田さんと渡辺さんが『細川ガラシャ夫人』に寄せて書いてくださった記事(三浦綾子作品集に収録)、書簡、取材旅行の様子などもご紹介しています。

 

『細川ガラシャ夫人』を読みたい方へ

【紙の本を注文する】……『細川ガラシャ夫人(上)』新潮文庫 『細川ガラシャ夫人(下)』新潮文庫

【電子書籍で読む】……『細川ガラシャ夫人(上)』小学館電子全集 『細川ガラシャ夫人(下)』小学館電子全集

企画展『細川ガラシャ夫人』 明智光秀の娘・玉子の「道ありき」

開催にあたって

「今度は三浦さんに、ぜひ細川ガラシャの伝記を書いてほしいのです。いわばガラシャの『道ありき』を書いてください。」

綾子は自伝『道ありき』などでお世話になった、主婦の友社の社長石川数雄氏からこのような言葉を受けた。1972年夏頃から執筆に取り掛かり、大阪・京都・若狭地方・熊本など取材に出向いた。こうして初の歴史小説『細川ガラシャ夫人』は、1973年1月から1975年5月まで雑誌「主婦の友」に連載、1975年に刊行され、現在は新潮文庫で読み継がれている。
「ガラシャ」とは「恩寵」「grace」という意味の洗礼名で、もとの名を玉子という。玉子はかの明智光秀の娘だった。女性が道具として扱われていた時代に、光秀の娘ゆえの悲劇もあった玉子の「人間らしく生きた」生涯に、綾子は深く感動した。
綾子は「わたしもまたわたしの視点に立って、今の時代を生きる自分の問題として書き綴ってみたい」と執筆に取り組んだ。展示では、玉子の歩んだ道が綾子の道と似ていることに注目して紹介していく。
今回の展示にあたり、主婦の友社及び永青文庫の関係者の皆様に多大なご尽力を賜り深く感謝を申し上げる。

主催者

企画展『細川ガラシャ夫人』 明智光秀の娘・玉子の「道ありき」

開催期間

6月1日(木)~10月29日(日)

※開催期間中、6月~9月までは無休、10月は月曜日休館(月曜祝日の場合は翌日)

開館時間

午前9時~午後5時

入館料金

[大人]500円、[大学・高校生]300円、[小・中学生]100円 ※[賛助会員]無料
[団体割引] 10名様以上は50円引
★土曜日は高校・中学・小学生は無料、同伴の保護者2名まで団体料金適用
★旭川市内の小中高校生が授業の一環として利用する場合は無料(事前にFAXかお電話でご連絡ください)
★障害者手帳をご提示いただいた方は無料

 

『細川ガラシャ夫人』を読みたい方へ

【紙の本を注文する】……『細川ガラシャ夫人(上)』新潮文庫 『細川ガラシャ夫人(下)』新潮文庫

【電子書籍で読む】……『細川ガラシャ夫人(上)』小学館電子全集 『細川ガラシャ夫人(下)』小学館電子全集

2017文学講座~その時、綾子が選んだ道~ 第1回

短歌から読み解く、三浦綾子の『道ありき』

5月10日(木)14:00~、文学講座第1回目が開かれました。講師は田中綾館長。札幌や東京など遠くから来られた方もたくさんいらっしゃいました。ありがとうございます!映像が見づらかった方、大変申し訳ありませんでした。

三浦綾子の自伝小説『道ありき』には彼女が詠んだたくさんの短歌が出てきます。講座では短歌の説明にとどまらず、綾子の作家としての手法も紹介がありました。例えば、幼馴染の前川正氏が亡くなって「わたしは次々と彼への想いを歌に詠んで、アララギその他に発表して行った」という場面は、見開きにその歌があふれ印象的ですが、その短歌の順番も単純に「詠んだ年代順(発表順)ではなく意図的に短歌を並べている」というわけです。そう言われて改めて読み見直すとまた違った味わいがありますね。

 

館長は「私の語り口は眠気を誘います……」と公言していますが、真相はいかに?講座の動画をアップしましたので、こちらでご確認くださいませ。

次回は7月13日(木)14:00~。講師は長崎の活水女子大学教授の上出恵子先生で「明智光秀の娘・細川ガラシャの道ありき」についてです。雑誌「主婦の友」の社長に「今度はガラシャの道ありきを」と言われて綾子が取り組んだ初の歴史小説。綾子が描いたガラシャの人生は?

次回もお楽しみに!

コラボレーション展 映画「母 小林多喜二の母の物語」に寄せて

映画「母 小林多喜二の母の物語」を制作された現代ぷろだくしょんの皆様にご協力を頂き、映画のシーンやオフショットの写真をたくさん頂きました。三浦綾子『母』の言葉と共に映画を振り返ると、俳優さんたちの熱い声が聴こえてくるようです。

展示ケースでは本番まで何回か書き直した台本をご紹介しています。読み比べると、盛り込まれたり涙をのんで削られたりといった映画の制作過程が伝わります。山田火砂子監督にお願いして、愛用の椅子とメガホンもお借りしました!

また、原作『母』の三浦綾子直筆の創作ノートや、口述筆記で光世さんが書きとった原稿も展示しています。当時の綾子さんはパーキンソン病を患いながら『銃口』を小学館の雑誌「本の窓」に連載中でした。その中で書下ろしの小説として角川書店から出版されたのが『母』です。晩年の綾子さんが「伝えたい」想い一心で書いた文字をぜひその目で確認してくださいね。

■コラボレーション展 映画「母 小林多喜二の母の物語」に寄せて

期間:2017年4月8日(土)~10月29日(日)

場所:三浦綾子記念文学館 2階回廊

 

春のおもしろ企画展 三浦綾子が愛した食・三浦文学で孫育て

2階第4展示室で、「春のおもしろ企画展 三浦綾子が愛した食・三浦文学で孫育て」が始まりました!

お気軽に肩ひじ張らずご覧頂ける展示です。三浦文学に登場する“食”のことや、三浦綾子が語った教育についての言葉などをご紹介します。また展示期間中に関連イベントをおこないますので、こちらもぜひご予定くださいね。

●4月26日(水)14:00

講師:江刺誠治氏(シニア野菜ソムリエ)

野菜の話

●4月28日(金)14:00

講師:中村剛氏(フリーライター)

ジャガイモの話

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●春のおもしろ企画展 三浦綾子が愛した食・三浦文学で孫育て

展示期間:4月1日(土)~5月28日(日)

開館時間:9:00~17:00

※期間中、月曜休館(月曜祝日の場合は翌日)